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ワクワクするストーリーや美しい描写に引き込まれて時間を忘れてページを繰り続ける体験は、本を読むことの至福の一つに違いないけど、1ページ、いや1段落を読むのさえ難儀に感じる読書も多いものです。でも、次のような言葉を読むと、さらなる読書欲が湧いてきて、読まずに本棚の奥にひっそりしまわれていた本を無性に取り出してみたくなります。どちらも読書を登山に見立てています。

まだ見ぬところにある知的達成感や充実感みたいなものを味わいたいなと思う。これってけっこう大きなモチベーションの一つですよね。

こちらは、孤高な挑戦という感じ。力コブの入った“読む気”がふつふつと。

 新聞、雑誌、単行本、マンガ、楽譜集、どんなものでも全部が「読書する」なんですが、そこには優劣も貴賤も区別がないと思うべきなんですが、やっぱり読書の頂点は「全集読書」なんですよ。これは別格です。個人全集もあるし、シリーズ全集もありますね。
 まず、その威容に圧倒される。大半は頑丈な函入りですから、なかなか手にとる気にならない。飾ってあるだけで満足ですよ(笑)。しかし、眺めているだけではもったいない。それを齧るんですね。ロック・クライミングですよ。当然、すぐに振り落とされる。二合目と三合目かでね。それがまた、たまらない(笑)
『多読術』松岡正剛


読書は孤独な行為なんかじゃない。書き手のいない読書なんてありえないのだから。

 はじめて『敗戦後論』を読んだときの印象は、熟練の案内人に導かれて峻険な峰に登った感じに似ていた。
 自分がどこに向かっているのか、初心の登山家である私にはよくわからない。でも、案内人の顔を見ていると、「この人はわかっている」ということがわかる。その歩みについて行くと、彼はざくざくと勝手知ったるように山道を進んでゆく。ときどき私がちゃんとついてきているかどうか、立ち止まって振り返る。息切れしていると看て取ると、しばらく小休止する。少し休むと、また立ち上がって、黙って歩き出す。読者である私は案内人の背中だけを見つめて、その規則正しい足取りに自分の足取りを合わせることに集中する。そんなふうに何時間も歩き続けているうちに、いつのまにか藪の中の小径を抜け出して、思いがけないほど広々した眺望をもつ尾根に出ていたことに気づく……。
『敗戦後論』加藤典洋 内田樹によるあとがきから
 

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by suiminsha | 2009-04-27 02:51 | 読書