<   2008年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

僕の住む北の街は19日に梅雨明けが宣言されたそうだが、それからまともに青空の見ることのない、ときに肌寒ささえ感じる日が続いた。僕の心のほうもなんだか晴れ晴れとせず、久々に「悶々」という言葉さえ思い出した。

気がつけば明日から8月。『風』の物語のはじまりはいつだっけ? 8月8日かあ。

ハルキさんといえば、『ノルウェイの森』が映画化されるとか。キャスティングプロデューサーの人はうらやましいな、とも思うけど、今の若い人たちからの配役だからなあ。僕の注目は「緑」と「突撃隊」、「レイコさん」。いい意味で予想を裏切ってほしいけれど、おそらく主役の、「ワタナベ君」や「直子」は「おいおい」を言いたくなるような、「政治的に選ばれる」人だろうからね。

それにしても、「ノルウェイ」の映画が見られるとは思わなかった。男子バレーがオリンピックに帰ってきたり、ザ・フーの日本公演が決まったりと、もうありえないと思っていたことでも実現するものだ。やはり、あきらめちゃいけないということなんだろうな。自分のことも他者のことも。死んだ人間だって生き返るかもしれない。
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by suiminsha | 2008-07-31 13:02
groovyさんの「悪の源」にトラバ。

「新聞の雑報には連日血腥きことばかりなり。(中略)現代の日本人は自分の気に入らぬ事あり、また自分の思うやうにならぬ事あれば、直ちに凶器を振つて人を殺しおのれも死する事を名誉となせるが如し」

永井荷風の日記『断腸亭日乗』の昭和11(1936)年4月10日の一節。中略のとこには、思いを寄せながらもそれに応えてくれない女性を殺害しようとした小学校教員のことが書かれている。

僕はこの文章を読んだときに、いつの時代も「血腥きこと」ばかりで、それを嘆いているようなものだな、と思ったのだが、それからほどない頃、例の「秋葉原」の事件が起こった。

先の文章を読んでまもなくでもあり、僕は「宮崎勤」世代ゆえ、「またか」と「秋葉原」の報に接していたたまれなく思ったのだが、事件後の報道や批評、はたまた読者の投稿まで、現代の、特に現代の若者の病理ばかり書き立てているようで、なかばうんざりした。もちろん中には、いわゆる「親の教育信仰」や「格差社会」を生み出した大人たちの責任に触れるもの見られたが、そのほとんどは「最近の若い者ときたら……」と言わんばかりの語調で事件の背後に迫ろうとしていたように感じられた。あまりにしたり顔の論調には、「自分たちだって『大久保清』を生んだ世代じゃないか」と揚げ足を取ってやりたい思いにも駆られた。言うまでもなく、こうした応酬はかえって互いが意固地になるだけで建設的ではない。

一般論であるが、他者を一刀両断にするのは簡単だ。それも自分が高いところにいればいるほど刀は振り落としやすいだろう。もっと深い内省の上に立った分析はできないものだろうか。

僕だって(おそらく誰だって)明日の殺人者になりうる。世代だけでなく、さまざまなグループ、クラス、コミュニティ別に類型化した上での語り口では、それぞれのあいだに断絶が生まれるだけで、根本的な防止や解決には至らないんじゃないか。そうならないためにも、それぞれの枠を取り払った、そう、相互理解(Understanding)あるいは少なくとも相互理解への努力に基づいた、愛ある議論や取り組みが必要なんじゃないか、と思うのである。
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by suiminsha | 2008-07-15 12:20
夕方になって時折涼しい風が吹き、昼間の暑さもひと安心。まだ外は明るく、「ああ今日も暑かったな」と一日を振り返り、ずいぶん前に通り過ぎた夏の記憶がよぎるひとときが好きである。「かなかなかな……」と今日は今年はじめてセミの声を聞いた。それでも天気予報によると明日は8℃程度最高気温が下がるとのこと。せっかく夏の匂いがしてきたというのに、やれやれ、なことである。ああ、今日は七夕なんだね。
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by suiminsha | 2008-07-07 19:11
ちょっと蒸すけれどやっとTシャツだけで過ごせるような暑さになりました。

風呂上りの一杯もいいけれど、僕には少々の汗ばみを引きずりながら飲むビールも旨い。僕は行ったことがないけれど、東南アジアなどの街の雑踏の中で湿度と熱気を感じながら飲むビールもきっとおいしいのだろうなと思うのです。別に街じゃなくてもいいけど、せっかくなので多少の猥雑さもあると雰囲気がでるのかなと思っただけです。

やはりこれからの時期はビールです。それも生ビールをぐびぐび。

ああ、書くまいと思ったけど苦言を一つ。最近ではほとんどのお店で生ビールを置いていますが、注ぎ方がよろしくないところも少なくないような気がします。というのも、最初のぐびぐびができない。ぐっ、ぐっと飲もうとすると、気持ちよくのどを通っていかずに、ガスでちょっとむせてというか押し戻されるような感じ。みなさんはそんな経験はありませんか? それで一口飲むのが精一杯で、グラスをテーブルに置くと泡がグラスからあふれていそいそとふき取るはめに。すかっとしたのど越しも味わえず、なんだか気勢をそがれたような感じでこれにはがっかりします。やっぱりぐびぐびっといきたいものですよね。

案の定、こんなことを書いていると飲みたくなってきたので、冷蔵庫をのぞいてこよう。
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by suiminsha | 2008-07-04 23:31
恥ずかしながら、僕のところで「You Tube」を見られるようになったのはつい1カ月ちょっと前のこと。うさわには聞いていたが、おもしろすぎる。ドリフやモンティパイソンをはじめ昔のテレビものや音楽はもちろんのこと、はては中東の国の散髪の様子まで、いもづる式におもしろい画像が出てくる。中でも音楽に関しては、はじめて見る映像、二度と見られないと思っていた映像を見ることができて、この短いあいだに何度胸を熱くしたことか。僕の中では95年のイギリスで電子メールと出会って以来の、第2次情報革命の様相です。

2年ぐらい前のNHK教育の「フランス語講座」で偶然見て、「かっこいい!」と、ひさびさに興奮を覚えたPVもしっかりあったので、よかったらどうぞ。そしてこうやって、紹介したいものを気軽に紹介できるところもすばらしい。(groovyさん、簡単なことかもしれないけれど、「夏の魔物」でこのことに気づかせてくれてありがとう^-^)

ラシッド・タハという人の「Teki Toi」という曲です。思わずカラダが左右に揺れてしまうリズム、アコギのカッティングがすごくイカしている。アルジェリアの音楽とロックを融合させた音楽で、フランスで活躍のこと。数年前に来日もしているそうです。「Teki Toi(テキトワ)」というのはフランス語で「Who are you?」という意味だそうですが、僕には「敵とは?」と聞こえてしまうのです。

アルジェリアの音楽とロックの融合というとなんだか新しいもののようにも感じるけれど、40年も前に、既にビートルズやローリングストーンズなどが東洋の音楽の要素を取り入れていたことを考えれば自然なことなのかもしれない(もちろんこれはイギリス側に立った視点であって、アルジェリア系のラシッド・タハたちの立場から見れば新しいアプローチなわけだけど)。ややこしくなったようでうまく言えないけれど、ロックというのは僕らにとってはアメリカとイギリスの音楽で、僕などはもろイギリスに憧れたわけだけど、当の彼ら(アメリカやイギリスの人)にとっては実は非英米的なものへの憧れが生み出したものがロックではなかったのか(だからジョン・レノンは日本文化にも関心を示したりもした)、などとつい飛躍的に考えてみたり。
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