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by suiminsha | 2011-08-21 22:57
僕が関わっている、釜石市国際交流協会というところで、こういうイベントがありますので、もしよかったらアテンション・プリーズ。

岩手大学「留学生と市民のガーデンパーティ」
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by suiminsha | 2011-05-29 23:11
よく聞け、われわれはみな、自分のすることに責任がある。よい行いにも、悪い行いにも。そして、人生はかならず、おまえのした分だけを返してよこす。忘れるなよ。人生はそのつぐないをさせるということを……

偶然、手にして、ページを繰り出したとたん、止められずに、一気に読みとおした冒険譚、『漂泊の王の伝説』の一節が、頭から離れず、僕を支配している。

漂泊の王の伝説

ラウラ・ガジェゴ ガルシア / 偕成社


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by suiminsha | 2011-05-14 22:48
ひさびさにPCの前でボーっとすごしています。ツイッターのサービスの一つ(?)に、自分がフォローしている人たちのツイートを新聞スタイルのデザインで提供するというものがあったので、『The Daily SUIMINSHA』、つくってみました。これがいったい、どのようなものなのか、僕も良く分かりませんが、よろしかったら、ぜひ。

http://paper.li/suiminsha#

また、「ギミー・シェルター」のキースが歌っているというものを見つけたので、こちらも、よかったら、ぜひ。


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by suiminsha | 2011-04-30 21:31
見たり、聞いたり、(ときには僕も)しゃべったりしているわけだけど、いったい、みんな何を伝えたいのだろう?So, I'm losing my words.でもね、考えてみれば、昭和が終わってこのかた、何を言ってもこの一言で終わらせられてきたような気がする。「だから、なに?」って。

そんなたびに、僕が聞いた曲を。ふたたび、いや、みたび、いや、もっと、かな。



Good bye, the cruel world.

でも、今のこの気持ちをいちばん伝えたい人にも、また言われちゃうんだろうな。

「だから、なに?」 って。
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by suiminsha | 2011-04-26 22:05
震災直後の情報が遮断された不安な状況に嘆き、テレビ受信が復活した時は思わず声をあげて喜んだ僕だけど、次々と映し出される、なんだか善意の押し売り、押しつけのような内容(それは番組やCMに限らず、ニュースなどで取り上げられている被災地支援の活動やメッセージの一部も含めて)に、ちょっぴりうんざり。

それに、なんだか似てやしないか。
「心を一つに」「一つになろう、日本」と、「一億総火の玉」
「買い控えをしましょう」と、「ぜいたくは敵だ」。
花見の自粛なんて、まるで、歌舞音曲禁止みたい?

でも、上のようなスローガンを否定することはできせん。そりゃ、「じゃんじゃん、買いまくりましょう!」とか、「例年どおり、花見を遠慮することなんてないですよ」なんて、言えないわけで。(ちなみに、自分のことを批判するのはいっこうにかまわないけれど、決して否定はしてほしくない、と言ったのは、今は亡きビートル、ジョージ・ハリソンであった。けだし名言であり、僕がいつも心に留めている言葉の一つでもある)

必要なのは、良心の下での多様性の寛容。

いちばんいけないのは、たとえば花見をしている人を、震災という錦の御旗の下に非国民扱いする(できる)風潮。
本心では「心を一つにしよう」とか、「買い控えをしようとか」「花見は自粛しよう」なんて、思っていなくても(あるいは、そんなこと思っていない人に限って)、これらのスローガンを利用すれば他人をおとしめられる(今のような雰囲気の中では)。かつて、自分は死地に赴く勇気もないのに(あるいは、ないから)、多くの兵にはそれを強要した上官や参謀、さらには一部の国民と同じだ。

ブログタイトルに反するエントリーは、これっきりにしたいです。寛恕いただければ嬉しいです。

この曲が終わったらあと1時間50分、またいつもみたいな犬の漫才師に戻る。ご清聴ありがとう。
『風の歌を聴け』(村上春樹)より



「何だ? このユーウツは!!」ムーンライダーズ  



でも。「油の一滴は、血の一滴」。これは実感しました。
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by suiminsha | 2011-04-04 10:21
今度のことがあって、悲しみにくれている人も、不満を抱えている人も、何からどう手を付けたらよいものか分からない人も、今自分に何ができるのか考えている人も、その答えが分からなくてあせっている人も、なんだかよく分からないけれど思いっきり叫びたい人も、ひとりで抱えちゃ、だめだ、と思う。



「ヘイ・ジュード」。ウィルソン・ピケットによるヴァージョンで。
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by suiminsha | 2011-04-03 00:12

With a little help from my friends /The Beatles

Oh, I get by with a little help from my friends
Mmm, gonna try with a little help from my friends.....

(ともだちが助けてくれて、僕はなんとかやっていける。
 助けてくれるともだちがいるんだから、がんばってみるよ。)私訳
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by suiminsha | 2011-04-02 23:21
津波に襲われガレキの山が散在する、僕らがマチと呼ぶ市内海岸部を歩いたり、避難所をまわったりしていたとき、思い出していたのは、『遠野物語』の第99話だった。「先年の大海嘯」(おそらく明治29年の三陸大津波のことか)で、妻子を失った男が、一年後の霧の濃い夏の夜の浜で死んだはずの妻に出会う。その妻は、2人が結婚前に「心通わせていた」という、やはり津波で死んだ男と「今は夫婦になっている」という。そして子どもをめぐる小さな会話の後、男が足元を見つめているうちに、2人の死者は姿を消した、という話。とても、男のやるせなさが後を引く、不思議な雰囲気をただよわせる奇譚。生き別れの話など不謹慎だと言われるかもしれませんが、こんなときだからこそ、今の悲しみが癒える日がくることを信じながら、このお話のことを語ってみたくなりました。

そういえば、作家の三浦しをんさんも、『遠野物語』の中で好きな話として挙げていました。

「土淵村の助役北川清といふ人の家は字火石にあり。代々の山伏にて祖父は正福院といひ、学者にて著作多く、村のために尽くしたる人なり。清の弟に福二といふ人は海岸の田の浜へ婿に行きたるが、先年の大海嘯に遭ひて妻と子とを失ひ、生き残りたる二人の子と共に元の屋敷の地に小屋を掛けて一年ばかりありき。夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたる所にありて行く道も浪の打つ渚なり。霧の布きたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女はまさしく亡くなりしわが妻なり。思はずその跡をつけて、はるばると船越村の方へ行く崎の洞のある所まで追ひ行き、名を呼びたるに、振り返りてにこにこと笑ひたり。男はと見ればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りに以前に互ひに深く心を通はせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありといふに、子供は可愛くはないかといへば、女は少しく顔の色を変へて泣きたり。死したる人と物言ふとは思はれずして、悲しく情なくなりたれば足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦へ行く道の山陰を廻り見えずなるたり。追ひかけて見たりしがふと死したる者なりと心付き、夜明まで道中に立ちて考へ、朝になりて帰りたり。その後久しく煩ひたりといへり」


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by suiminsha | 2011-03-26 09:52
いまさらながら、イマーノ先生のグレイトさに改めて脱帽。



20年以上年も前に原発に「NO!」を投げつけたこの曲を、高校生だった僕も聞いていたわけだけど、ビートに心ゆさぶれても、メッセージは当時の僕には「歌詞の一つ」だった。エラそうなことは言えない。
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by suiminsha | 2011-03-24 15:56