小説『マッチメイク』、「門番」レスラーへの畏敬

熱烈にとは言い難いが、僕は小学校の頃からプロレスが好きである。そのプロレスに、“シナリオ”があると知ったのはわずか数年前のことだったと思う。まあ、“めでたい”プロレスファンというわけだ。

1977年の全日「世界オープンタッグ選手権」での、ザ・ファンクスとシーク&ブッチャーの“大流血戦”以来、ファンクスのファンとなった僕だが、そんな選手やグループどうしの“抗争”、さらには“流血”も演出だよ、と教えられたときは、さすがに「マジかい?」と声を上げ、にわかには認めたくない気持ちであった。


プロレスの世界では、対戦カードを決めるだけでなく、このような試合のシナリオをつくることを「マッチメイク」といい、これにあたる人を「マッチメーカー」という(のだそうだ)。この言葉も最近、知った。そんな中、そのまんまのタイトルにひかれて図書館から借りてきたのが、第49回江戸川乱歩賞受賞作でもある『マッチメイク』(不知火京介)。

ストーリーとしては、あるプロレス団体の会長兼エースの選手が、試合途中に死亡し、他殺を疑った主人公の新人レスラー・山田がその謎の解明に挑んでいくというものである。そして、事件を追っていく中で、山田は“真剣勝負”ではないショーとしてのプロレスの実体も知っていくのだが、僕としては犯人探しよりも、こっちのプロレスにまつわるサイドストーリーの方にがぜん興味がいった。(ところで、山田の唯一の同期レスラー、「本庄」のキャラ立てはおもしろい。)

「ジュース」(レフリーあるいは選手自らがカッターで額などを切ること)、「アングル」(試合のシナリオを盛り上げるための“序章”。“抗争”をめぐる一連のパフォーマンスなど)、「抜き打ちアングル」(「自分で勝手にシナリオを書き変えちゃう」こと)などの隠語の意味が、犯人探しの途中で本庄から主人公に教えられる。“めでたい”僕にはこれだけでも十分刺激的だが、さらに本庄の口から語られた「門番」というものに僕は非情な興味を覚えた。

この小説では、丹下というレスラーがその「門番」の役目を与えられている。道場破りに対しては彼が相手をし、圧倒的な強さで打ち負かす。しかしながら、「いつだれとやっても負けないために」レスリング、柔道、ボクシング、空手、合気道、剣道、ムエタイなどあらゆる格闘技をマスターしていった丹下だったが、「同時に丹下さんには万年前座レスラーの座が与えられた。丹下さんの真の実力は完全な社外秘だった」のである。

門番――誰よりも過酷なトレーニングに耐え抜き、誰にも負けない強さを身につけたにも関わらず、その実力を世間にはアピールできない――プロレスのまがまがしい部分を見せられたような気がした。

「門番」のことも聞いた山田は、その門番にならないかという話を、会社の経理を手伝い、会社の内情にも詳しい様子の本庄に持ちかけられる。「丹下さんが(山田くんの)ガッツを認めたわけ」だという。山田はちょっと逡巡するが、自分が辞退した場合のことを尋ねると、本庄は「ああ、そんな心配はしなくてもいいよ。ぼくがそれもやることになるから」としゃあしゃあと言ってのける。「それじゃ、俺はおまえに一生勝てないじゃないか」と山田は門番を引き受ける。
「いや俺がやる」
言ってしまった。だがほんとうにこれでよいのか。両親や妹の顔が浮かぶ。俺が一生冴えないレスラーで終わったとしたら。みんなどう思うだろう。

丹下との“前座”に関する会話の中では、こんなことも考える。
なんだか罵倒され野次り倒される自分の姿が目に浮かんだ。

「なんて辛い役回りなんだ」と誰だって思うだろう。もし現実に、こうした世間的には陽の目を見ないことを覚悟し、観客のヤジも冷たい視線も大切な人たちの落胆も、すべてを受け入れてリングに上がっている“門番”レスラーがいるのだとしたら、畏敬すべき存在という他に言葉が見つからない(「丹下」のモデルは藤原喜明ということだが)。

個人的には、丹下や本庄の生い立ち、半生についてもっと知りたいとも思った。物語はリングの上だけにあるのではない。選手のバックグラウンドをはじめ、リング外の物語(ショーとしての演出の実体も含めて)に触れれば、プロレスはさらに味わい深いものになるのかもしれない、そんなふうにこの小説は思わせてくれた。

マッチメイク (講談社文庫)

不知火 京介 / 講談社


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by suiminsha | 2009-05-31 22:10 | 読書